大切な人を見送ったとき、自分の生き方に迷ったとき、「魂って何だろう」と考えることがあります。スピリチュアルの本やサイトでは、魂は「本当の自分」「永遠に続くもの」と説明されることが多く、魂の年齢や魂の成長といった言葉もよく見かけます。
ここでは、まず辞典で「魂」という日本語の意味を確かめ、日本の神道で言う「たま」、中国の魂と魄、仏教やギリシャの考え方を順に見ていきます。そのうえで、「魂年齢」という考えがどこから来たのか、よく聞く「魂の重さは21グラム」の実験が実際にはどんなものだったのか、日本人がどれくらいあの世を信じているのかを紹介します。
「魂」は辞典でどんな意味か

日本国語大辞典は、魂を、人や動植物に宿って心のはたらきをつかさどり、生命を与えている原理と考えられるもの、と説明し、体が滅びたあとも存在すると考えられることが多い、と書いています。同じ辞典は、ほかの意味として、心のはたらきや精神、才覚、心の傾向や性質も挙げています。「三つ子の魂百まで」の魂は、この「性質」の意味です。
字の成り立ちを説明する字書の『字通』によると、「魂」の字は、雲の古い字である「云」と「鬼」からできていて、人の魂は雲気となって漂うものと考えられていました。「霊」も辞典では「たましい」「たま」と読まれます。霊は死者のたましいを指す使い方に寄っていますが、魂と霊の意味は大きく重なっています。辞典が挙げる「魂」の古い例は8世紀後半の万葉集で、体から抜け出して夜空を飛ぶと考えられた「人だま」も、魂の意味の一つに数えられています。
もとの記事は、心が「今の自分」なら、魂は「本来の自分」に近い、と説明していました。スピリチュアルの説明としてはよく見かけますが、辞典の上では、魂という言葉そのものが心や精神も指していて、日本語では心と魂ははっきり分かれていません。
日本の「たま」:和魂・荒魂と、鎮魂のもとの意味
日本では古くから、魂を「たま」と呼んできました。國學院大學の神道事典は、たまを、人の魂だけでなく自然の霊力も含む古い呼び名とし、人の魂は外から来て体に宿り、活力と個性を与えるもの、と説明しています。「たましい」はもともと「たまの働き」という意味だっただろう、とも書いています。
神の魂には、穏やかな働きの「和魂(にぎみたま)」と、活動的で勇ましい働きの「荒魂(あらみたま)」があるとされます。住吉三神の和魂は大阪の住吉大社に、荒魂は山口県下関の住吉神社にまつられ、伊勢の内宮の別宮・荒祭宮(あらまつりのみや)は天照大神の荒魂をまつっています。霊は直霊(なおひ)と、荒魂・和魂・幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)の四つから成る、という「一霊四魂」の考えもありますが、四魂の性格や成り立ちには諸説があります。
今は「鎮魂」というと死者の霊を慰めることを思い浮かべますが、辞典によると、もとの意味は、体から離れようとする魂、離れてしまった魂を体に落ち着かせる「たましずめ」でした。弱った魂を揺り動かして活力を取り戻させる「たまふり(魂振)」も、広く鎮魂に含まれます。宮中では、新嘗祭の前の日に天皇の魂を体に鎮める鎮魂祭が行われ、記録の上での初見は、日本書紀の天武天皇14年(685年)11月の記事です。
神道事典によると、人の霊が死後どこへ行くかについて、神道に一つにまとまった見解はありません。江戸時代の本居宣長は、死者の霊の一部はこの世に残り、神のように人を助けると考えました。
中国の「魂」と「魄」
古代中国では、人の霊を二つに分けて考えました。陽の気の霊を「魂」として精神をつかさどるものとし、陰の気の霊を「魄(はく)」として体をつかさどるものとしました。人が死ぬと、魂は天に昇って神となり、魄は地にとどまって鬼になるとされ、死んで間もなく屋根の上から死者の魂を呼び戻す「招魂」の習わしは、この考えから生まれました。道教ではさらに細かく「三魂七魄」と数え、夢は、眠っているあいだに体を離れた魂魄が外の世界に触れることで起きる、と考えられていました。
日本の辞典も、「魄」も「たましい」と読むが、死後に魂は天上に、魄は地上にとどまると区別されたことがある、と注を付けています。
息から来た言葉と、仏教の「無我」
魂を表すギリシャ語のプシュケーや、ラテン語のアニマは、もとは「息」を意味する言葉でした。ヘブライ語やサンスクリット語でも、霊魂を表す言葉の多くが「風」や「息」から来ています。息をしているかどうかが、生きているかどうかの目じるしだったからでしょう。
古代ギリシャでは、ホメロスの時代には霊魂の考えはぼんやりしていましたが、のちにソクラテスやプラトンとともに、霊魂こそが本当の自己で、神のように不滅だとする考えが生まれました。一方、キリスト教では霊と肉は切り離されず、復活には両方が伴うという信仰が保たれてきました。もとの記事は、肉体は服で、魂はその服を着ている本人だ、とたとえていましたが、これはプラトンに近い考え方の一つで、宗教によって考え方は違います。
もとの記事は、仏教の輪廻転生では、魂は生と死を繰り返しながらカルマを解消していく、と書いていました。けれども仏教は、原則として「無我」の立場から霊魂の存在を説きませんでした。業(カルマ)も、生まれ変わりを重ねて少しずつ解消していくものではなく、輪廻から抜け出す(解脱する)ために離れるものです。ただ、浄土教が広まると、死後に往生するのは誰なのかという問題が出てきて、霊魂の存在を暗に認める立場もとられるようになりました。魂が生まれ変わりながら成長していくという読み方は、19世紀の西洋の神智学から現代のスピリチュアルへ続く考え方です。
辞典によると、仏教の「無我」は「自分がない」という意味ではありません。我(アートマン)と自己はサンスクリット語では同じ一語で、行いの主体としての自己とその責任はいつも強調されてきました。日常の言葉に直すなら、無我は「とらわれないこと」と考えてよい、と説明されています。
「魂年齢」という考えはどこから来たか
スピリチュアルでよく聞く「魂年齢」は、人の魂には若い魂と老いた魂があり、生まれ変わりを重ねて年を取っていく、という考えです。この段階分けは、1970年代のアメリカで生まれた「マイケルの教え」に由来するとされます。1973年ごろからサンフランシスコ湾岸のオークランドで、ある勉強会がウィジャ盤(文字盤を使う交霊の道具)を通して「マイケル」と名乗る存在と対話した、とする教えです。
最初の本は、小説家のチェルシー・クイン・ヤーブロが1979年に出したもので、日本語訳の『マイケルからのメッセージ』は2010年に出ています。教えの側の説明では、魂の年齢は生まれたての段階から老いた段階まで5つあり、それぞれがさらに7つの小さな段階に分かれる、とされます。
国立国会図書館の目録で書名に「魂年齢」や「魂の年齢」が入る本を探しても、見つかりませんでした。ただ、1966年の日本の超心理学の本の目次には「霊魂の年齢」という見出しがあり、言葉そのものがいつから使われているかは分かっていません。魂年齢は交霊から生まれた教えの考え方で、確かめる方法はありません。人を魂の年齢で比べたり、自分の魂を「老いた魂」と考えて人を下に見たりすることは、心理学でも問題にされています。
「魂の重さは21グラム」の実験の中身
魂には重さがあり、死ぬと21グラム軽くなる、という話を聞いたことがあるかもしれません。もとになったのは、アメリカ・マサチューセッツ州の医師ダンカン・マクドゥーガルが、1907年に心霊研究の学会誌に出した論文です。
原文によると、対象は死が近い6人の患者で、本人たちの同意を得て、ベッドごと台ばかりに載せて亡くなる前後の重さを量りました。1人目は亡くなった瞬間に4分の3オンス(約21グラム)軽くなりましたが、2人目は呼吸が止まってから18分のあいだに計約46グラム、5人目は約11グラムと、値はばらばらでした。2人は、はかりの調整が足りなかったなどとして、本人が結果を使えないとしました。21グラムは、6人のうち1人の値です。
マクドゥーガルは犬15匹でも同じことを試し、亡くなるときに重さは減りませんでした(犬をおとなしくさせるために薬を使ったので、犬の試験は損なわれた、とも書いています)。論文では、減った重さは魂の物質だと考えられる、と書いた一方、同じ号に載った本人の手紙では、新聞が先に報じてしまったことを残念がり、これだけの実験では証明にならない、さらに実験してほしい、と書いています。人数が少なく、量り方も不正確で、値もそろわなかったことから、この実験は今では科学的な証拠とは見なされていません。
日本人はどれくらい「あの世」を信じているか
統計数理研究所が5年ごとに続けている「日本人の国民性調査」には、「あの世」を信じるかという質問があります。信じると答えた人は、1958年には20%でしたが、2008年には38%、2013年には40%と、半世紀でおよそ2倍になりました。信じていない人は、59%から33%に減っています。
2013年の結果を男女で分けると、男性30%、女性49%で、20代の女性では65%が信じると答えています。年代別では40代の48%が最も高く、20代も45%で、70歳以上の31%より、60歳未満の人のほうが信じる割合が高くなっていました。一方、日本放送協会の放送文化研究所が2018年に行った調査の報告は、信仰している宗教の割合は変わらないものの、信仰心は薄くなり、神仏を拝む人も減っている、とまとめています。宗教から離れながら、あの世や魂の存在はなんとなく信じている、という人が多いのかもしれません。
日々の言葉の中の「魂」
「三つ子の魂百まで」「魂を込める」「魂が抜けたよう」といった言い方の魂は、心や精神、性分を指していて、生まれ変わる霊の話をしているわけではありません。辞典の意味のとおり、日本語の魂は、生命の原理から根性まで、広い意味をもつ言葉です。
もとの記事は、その人の波動(エネルギーの振動数)が魂の状態を表す、と書いていました。ここでいう波動は、物理学の波や振動数とは関係のない、たとえとしての言葉です。
「魂の浄化」「魂の格を上げる」などとうたって、高額な祈祷や講座、物の購入を勧められたときは、その場で決めないでください。迷ったときは、消費者ホットライン188(いやや)で、近くの消費生活センターに相談できます。
日本人が魂をどう考えてきたかを民俗学から追った本に、桜井徳太郎さんの『新編 霊魂観の系譜』(筑摩書房、2012年)があります。
よくある質問
Q. 魂とは、辞典ではどういう意味ですか?
A. 人や動植物に宿って心のはたらきをつかさどり、生命を与えている原理と考えられるもので、体が滅びたあとも存在すると考えられることが多い、と説明されています。心や精神、性質の意味もあります。
Q. 魂と霊は違うものですか?
A. 辞典ではどちらも「たましい」「たま」と読まれ、意味は大きく重なります。霊は死者のたましいを指す使い方に寄っています。古代中国では、精神をつかさどる魂と、体をつかさどる魄を分けて考えました。
Q. 仏教では、魂が生まれ変わると考えるのですか?
A. 仏教は原則として無我の立場から霊魂の存在を説きませんでした。業は解消していくものではなく、輪廻から抜け出すために離れるものです。のちに浄土教では、霊魂を暗に認める立場もとられました。
Q. 「魂年齢」はどこから来た考えですか?
A. 1970年代のアメリカの交霊から生まれた「マイケルの教え」の考え方とされ、最初の本は1979年、日本語訳は2010年です。確かめる方法はありません。
Q. 魂の重さは21グラムというのは本当ですか?
A. 1907年の実験で、6人のうち1人が約21グラム軽くなったという報告です。ほかの人の値はばらばらで、本人も証明にならないと書いており、科学的な証拠とは見なされていません。


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