乳香(にゅうこう)は、フランキンセンスとも呼ばれる木の樹脂です。小さな粒を炭や熱で温めると、独特の香りが立ちのぼり、祈りや瞑想の前に場を清める「浄化」に使う人もいます。
ここでは、乳香がどんなものか、教会や寺で香が焚かれてきた意味、樹脂の焚き方、炭と煙について気をつけたいこと、粒の選び方を順にまとめます。精油(エッセンシャルオイル)は使い方が違うので、ここでは樹脂を焚くことに絞ります。
乳香は、ボスウェリアという木の樹脂

乳香は、カンラン科ボスウェリア属の木の幹に傷をつけ、にじみ出た液が固まったものです。代表的な木はボスウェリア・サクラで、オマーン、イエメン、ソマリアに自生しています。日本語の「乳香」という名前は、乳がしたたって固まったような色と形から来ています。
ボスウェリア属の木はおよそ20種あり、アフリカの北東部からアラビア半島、インドにかけて分布しています。ボスウェリア・サクラは、国際自然保護連合の評価で「準絶滅危惧」とされている木でもあります。
オマーンには、乳香の木が自生する谷や、乳香の交易で栄えた港の遺跡があり、「乳香の土地」として2000年に世界遺産に登録されました(登録したときの名前は「乳香の道」で、2005年にいまの名前に変わりました)。
教会や寺で、香が焚かれてきた意味
乳香は、古くから焚かれてきました。古代エジプト第12王朝の遺跡(ダハシュール)から出た品からは、化学分析で乳香が見つかっています。聖書では、旧約の出エジプト記に、聖なる香の材料として「純粋な乳香」が出てきます。新約のマタイによる福音書では、東方の博士たちが、幼子イエスに黄金・乳香・没薬を贈ります。
カトリックのミサでは、いまも香が焚かれることがあります(焚くかどうかは任意です)。ミサの手引きでは、香は、教会のささげものと祈りが神の前に立ちのぼることを表すと説明されています。祈りが香のように立ちのぼるように、という詩編141編の言葉にもとづく考え方です。
日本の寺でも、香は焚かれてきました。天台宗は、供養や修行をする場所を清めるために香が焚かれてきた、と説明しています。乳香そのものも、日本では高級な線香の香料に使われています。乳香で「浄化」すると言うとき、そのもとにあるのは、こうした祈りや修行の場を整えるための香です。
東方の博士の贈り物にある没薬(もつやく。ミルラとも呼ばれます)も、乳香と同じカンラン科の木(コンミフォラ属)から出る、赤褐色の樹脂です。古代エジプトでは、日没に焚かれた香「キフィ」の材料や、ミイラを作るときの防腐に使われていました。
キリスト教では、はじめの4世紀ほどは礼拝で香を使った証拠がない、とも言われます。「何千年も前から教会で焚かれてきた」という言い方は、正確ではありません。
樹脂の焚き方
乳香の粒は、直接火をつけても香りよくは焚けません。温めて香りを出す道具が要ります。方法は大きく二つです。
- 炭で焚く
耐熱の香炉に灰を入れ、火をつけた香炉用の炭を灰の上に置きます。その上か横に、乳香の粒をのせて温めます。日本の空薫(そらだき)という香の作法では、香を炭の横に置いて温め、煙が出るのは熱すぎるしるしとされます。煙を立ちのぼらせる教会のやり方とは、考え方が違います。 - 電気で温める
温度を切り替えられる電気式の香炉もあります。炭を使わないので、火の扱いは楽になります。樹脂に使えるかどうかは、機種の説明で確かめてください。
炭は、燃え尽きて冷めるまで、香炉から出さないでください。途中で消すときは、冷たい水に入れて消します。炭は香炉に直接置かず、必ず灰の上に置きます。
ここまでの注意をまとめると、炭で焚くときの手順は次のようになります。
- 窓を少し開けて、空気の通り道をつくる
- 燃えやすい物のない、耐熱の台の上に香炉を置く
- 香炉に灰を入れ、火をつけた炭を灰の上に置く
- 乳香の粒を炭の上か横にのせ、焚いている間はその場を離れない
- 焚き終わったら空気を入れ替え、炭は冷めるまで香炉に入れたままにする
炭と煙について、気をつけたいこと
炭を使う香では、火事と一酸化炭素に気をつける必要があります。イギリスのグレーター・マンチェスター消防は、儀式で香や炭を焚く家庭に向けて、次のような注意を挙げています。
- 煙と一酸化炭素がたまらないよう、換気する
- 一酸化炭素警報器を置く
- 耐熱の台の上で焚く
- 子どもやペットの手の届かない所で焚き、焚いている間はその場を離れない
- 焚く部屋に、煙を感知する警報器を足す
東京消防庁も、家の中で起きる一酸化炭素中毒には、七輪や火鉢など炭を使う器具によるものが多いとして、換気を呼びかけています。香炉の炭は小さくても、閉め切った部屋で使えば同じ注意が要ります。
香の煙そのものにも注意が要ります。香の煙には、細かい粒子や一酸化炭素、ベンゼンなどの物質が含まれることが分かっていて、家で焚くときは換気が勧められています。教会で香を焚いたときの研究では、空気中の細かい粒子が6〜9倍に増え、礼拝のあと約24時間、高いままでした。
浄化のために、煙を部屋の隅々まで行き渡らせる、という説明も見かけますが、煙を部屋にためるのは避けてください。窓を少し開けて焚き、焚き終わったら空気を入れ替えるのが安全です。せきの出やすい人、小さな子どもやペットのいる家では、とくに気をつけます。
乳香の粒の選び方
乳香は、採れた場所によって等級が分けられています。オマーン南部のドファール地方では、色が淡く粒の大きいホジャリが1級とされ、ほかに淡い黄色のナジュディ、色の暗いサハリ(シャエビ)などがあります。等級は、採れた地域に対応しています。
販売ページでは、産地(オマーン、ソマリア、エチオピアなど)と等級の表示を確かめます。「食べられる」「医療用」といった、根拠の示されていない宣伝文句が書かれた品もあるので、気をつけてください。買ったあとは、ふたのできる容器に入れ、湿気の少ない場所に置きます。
はじめて買うなら、少量の袋から試すと、香りが好みに合うか、焚いたときの煙の量が部屋に合うかを確かめられます。合わなかったときに、残りを持て余さずに済みます。
よくある質問
Q. 乳香の樹脂は、どうやって焚きますか?
A. 耐熱の香炉に灰を入れ、火をつけた香炉用の炭を灰の上に置き、その上か横に乳香の粒をのせて温めます。炭を使わない電気式の香炉もありますが、樹脂に使えるかは機種の説明で確かめてください。
Q. 部屋で焚いても大丈夫ですか?
A. 換気が前提です。炭を使うと一酸化炭素が出るので、閉め切った部屋では焚かないでください。消防は、一酸化炭素警報器を置くことも勧めています。香の煙には細かい粒子も含まれます。
Q. 乳香で空間が浄化されるというのは本当ですか?
A. 浄化は、祈りや修行の場を整える宗教や言い伝えの考え方で、空気がきれいになるという意味ではありません。煙で空気中の粒子はむしろ増えます。気持ちを整える時間の目印として焚く、という受け止め方が無理のない使い方です。
Q. セージを焚くスマッジングと同じものですか?
A. 違います。スマッジングは北米の先住民の儀式で、タバコ、セージ、シダー、スイートグラスを焚くもので、乳香は入りません。
Q. 子どもやペットのいる家でも焚けますか?
A. 焚くなら、手の届かない場所で、その場を離れずに焚き、換気をしてください。香の煙には細かい粒子が含まれるので、せきが出る、目がしみるといった様子があれば、すぐにやめて空気を入れ替えます。
Q. 精油(エッセンシャルオイル)と樹脂は、何が違いますか?
A. 精油は、樹脂などから香りの成分を蒸留して取り出したもので、火を使わずに香りを楽しめます。樹脂は、炭や熱で温めて香りを立たせるもので、煙が出ます。焚く場所や換気の注意が要るのは、樹脂のほうです。


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