偶然知り合いに会うのはなぜ|知り合いは数百人、人は数段でつながる、「袖振り合うも多生の縁」と「一期一会」

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サイン・前兆

思いがけない場所で、昔の同級生にばったり会う。同じ人に何度も出くわす。偶然にしては出来すぎていて、何かのサインではないかと感じることもあるでしょう。

ここでは、知り合いに偶然会うことがどれくらい起こりうるのかを、人の知り合いの数とつながりの研究から確かめます。「袖振り合うも多生の縁」「一期一会」といった言葉の本来の意味、初対面なのに懐かしく感じる理由、偶然の再会を生かす研究もまとめます。

人の知り合いは数百人

偶然知り合いに会うのはなぜ|知り合いは数百人、人は数段でつながる、「袖振り合うも多生の縁」と「一期一会」のイメージ

「知り合い」は何人くらいいるのでしょうか。2009年に日本のネット調査の登録者1,500人を調べた研究では、一人あたりの知り合いの数は約363人と推定されました。ここでの知り合いは、顔か名前が分かり、直接連絡がとれ、過去2年以内に会うか連絡をとった人です。アメリカの電話調査をもとにした推定では、平均611人でした。

知り合いが約363人なら、知り合いの知り合いは、重なりがないとすると最大で約13万2千人になります(計算)。もう一段たどると約4,800万人で、日本の人口の約4割にあたります。実際には知り合いどうしが重なるのでずっと少なくなりますが、旅先や駅で「知り合い」か「知り合いの知り合い」に出会うことは、思うほど珍しくないのです。

人は数段でつながっている

1960年代にアメリカの心理学者ミルグラムらは、ネブラスカ州とボストンの296人に、知り合いだけを介してマサチューセッツ州の特定の1人へ文書を届けてもらいました。届いたのは64通で、間に入った人数は平均5.2人でした。届いた鎖の半分近くが、最後に同じ3人のどれかを通っていました。

2003年には、6万人を超える人がメールで13か国の目標の人へメッセージを転送する実験が行われ、届くまでの段数は中央値で5〜7段と推定されました。届いた道筋の多くは、親友ではなく、中くらいか弱いつながりを通っていました。2011年には、フェイスブックの利用者約7億2,100万人のつながり全体で、2人の間の平均の距離が4.74と計算されています。「世の中は狭い」と感じるのは、人のつながりの仕組みからいって自然なことです。

偶然の一致は、隠れた共通の原因、気づいた一致だけを覚えていること、近いものも一致に数えること、試す回数がとても多いこと、で多くが説明できるとされています。何度も同じ人に会うのも、通勤や買い物の道筋、時間帯が重なっていることが多いからでしょう。

「袖振り合うも多生の縁」

偶然の出会いを表すときによく使われることわざです。辞典によると、道で見知らぬ人と袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの因縁による、という意味です。もとの記事は「袖触れ合うも他生の縁」と書いていましたが、辞典に載る形は「袖振り合う」「袖すり合う」「袖の振り合わせ」でした。

「多生」は仏教の言葉で、何度も生まれ変わること、「他生」とも書きます。「多少の縁」と書くのは誤りです。『平家物語』にも「同じ流れをむすぶも、多生の縁なお深し」という一節があります。

仏教でいう「縁」は、結果を生む直接の原因である「因」を助ける、間接の条件のことです。因と縁がそろって物事が起こるのが「縁起」で、特定の何者かが出会いを用意するという考えではありません。もとの記事は、縁を「すべては原因と結果のつながり」とし、「縁によって引き寄せられた」と書いていましたが、辞典の説明とは違います。

「一期一会」と「奇遇」

「一期一会」は、茶会は一生に一度のものと心得て、主人も客も誠意を尽くすべきだ、という茶の湯の言葉から来ています。辞典によると、16世紀の茶人の書『山上宗二記』の「一期に一度の会」が早い例で、江戸時代の終わりに井伊直弼が茶道の書の中で「一期一会」という言葉を使い、その心を強調しました。茶室の心構えの言葉が、のちに人との出会いを大切にする意味の一般の言葉になりました。

思いがけなく人と出会うことは「奇遇」といい、江戸時代の1730年の本に例があります。偶然の出会いを特別に感じる気持ちは、昔の人にもあったのです。

初対面なのに懐かしいのは

もとの記事は、初対面なのに懐かしく感じる人を前世でのつながりがある人としていましたが、心理学では別の説明があります。1990年の実験では、架空の人物が自分の大事な人と似た特徴を持っていると、大事な人に当てはまる特徴まで、その人物について読んだと思い込みやすくなりました。過去の大事な人への見方が、新しい人に移る「転移」と呼ばれる働きです。

2010年の実験では、良い行動と結びつけて覚えた顔を少し混ぜた新しい顔の写真は、参加者には別人に見えていたのに、好意的に評価されました。知っている人に似ていることが、懐かしさや親しみのもとになっているのかもしれません。

偶然会った人と話すことの効用

偶然の出会いに意味を探すより、会った人と少し話してみることには、研究の裏づけがあります。学生がクラスメートと話した回数がいつもより多かった日ほど、幸せで、集団に属している感覚が高かったという研究があります。知り合い程度の人とのやりとりも、心の幸福と関連していました。

弱いつながりは、別々の集団をつなぎ、新しい情報や機会を運ぶと考えられてきました。2,000万人を超える人を5年間調べた2022年の実験では、弱いつながりが転職を増やしていました(弱すぎると効果は頭打ちでした)。連絡が途絶えていた昔の知り合いに仕事の相談をしてもらった研究では、今つながっている相手に相談した場合と比べて遜色のない、新しい視点の得られる助言が返ってきました。久しぶりの再会は、カルマの課題ではなく、新しい知恵をもらう機会と考えることもできます。

好きな人をよく見かけるときは

検索では「好きな人を見かける」もありました。恋人探しを意識させると、魅力的な異性の顔から注意が離れにくくなる人がいることが、実験で分かっています。好きな人を見かけることが増えたと感じるのは、生活の場が重なっていることに加えて、自分の注意がその人に向いているからかもしれません。会う回数と好意の関係は、好きな人と偶然会うことを扱った記事で詳しく紹介しています。

例として、直感をテーマにした上地一美さんの『なぜかうまくいく人のすごい直感力』(学研プラス、2022年)の販売ページです。偶然の出会いを中心にした本ではありません。

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よくある質問

Q. 偶然知り合いに会うのはスピリチュアルなサインですか?

A. そう確かめた資料はありません。人の知り合いは数百人いて、知り合いの知り合いは十数万人になるので、偶然の出会いは思うほど珍しくありません。

Q. 同じ人に何度も偶然会うのはなぜですか?

A. 通勤や買い物の道筋、時間帯が重なっていることが多いからでしょう。偶然の一致は、隠れた共通の原因で起きることがよくあります。

Q. 「袖振り合うも多生の縁」の意味は?

A. 見知らぬ人と袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、前世からの因縁による、という意味です。「多少の縁」と書くのは誤りです。

Q. 「一期一会」はどこから来た言葉ですか?

A. 茶の湯の言葉で、16世紀の『山上宗二記』の「一期に一度の会」が早い例です。のちに井伊直弼が「一期一会」の語を使いました。

Q. 初対面なのに懐かしい人は、前世でつながっていたのですか?

A. 前世のつながりを確かめた研究はありません。大事な人と似た特徴があると、その人への見方が新しい人に移りやすいことが分かっています。

Q. 久しぶりに会った人とまた連絡をとるべきですか?

A. 昔の知り合いに相談すると、今のつながりとは違う視点が得られるという研究があります。相手の都合を確かめながら、連絡してみるのもよいでしょう。

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