金属の鉢を棒で打ったり、縁をこすったりすると、長く伸びる音が響く。シンギングボウルは、瞑想や癒しの道具として日本でも見かけるようになりました。
ここでは、「チベットのシンギングボウル」という呼び名がどこから来たのかを確かめ、仏壇の「おりん」と比べた測定を紹介します。打つ音とこする音の違い、脳波や気分を調べた研究で分かっていること、紹介している商品の説明、鳴らすときの注意もまとめます。
「チベットの伝統」は確かめられていない

もとの記事は、シンギングボウルを、チベットやネパールなどヒマラヤの地域と結びつけて語られる鉢として紹介していました。宗教学者グライムズの論考(2020年)によると、この鉢が古い道具であるとも、チベットのものであるとも言える確かな証拠はありません。文字の記録に初めて出てくるのは、1972年にアメリカの音楽家が出したレコード『チベタン・ベルズ』で、チベットの儀礼音楽の楽器を調べた目録に、鉢の形の楽器は入っていないといいます。癒しの効果がさかんに語られるようになったのは1990年代の初めからだそうです。
文化人類学者のブログ(2015年)は、チベット学者ブラウエンが2004年の本で、この鉢はチベットとは関係がなく、北インドかネパールの金属の鉢で、もとは食器だったと書いた、と紹介しています。1972年は文字の記録の始まりで、それより前に鉢がなかったという意味ではありません。紹介している商品の販売ページも、シンギングボウルはもともとチベット仏教の正式な仏具・法具ではなく、宗教的な柄はお土産の飾りだ、と説明しています(商品名には「チベット」とあります)。国立国会図書館で、書名に「シンギングボウル」を含む本でいちばん古いのは、2014年の入門書です。
仏壇の「おりん」も、こすると鳴る
辞典によると、仏壇に置く小さな鉢の形の仏具「りん(鈴)」は、打鳴(うちならし)や鏧子(けいす)とも呼ばれ、響銅(さはり)でできていて、座布団の上に置き、細い棒で縁を打って鳴らします。お寺で法要の区切りや読経の合図に打つ、大きな鉢の形の鏧(きん)を小さくしたものです。
お鈴3つとシンギングボウル2つを測って比べた2023年の論文(大阪産業大学)では、大きさは直径70〜88mmと近く、お鈴の縁を鈴棒の木の部分でなぞるように何度もこすると、だんだん「ウオーン」と鳴り出し、棒が跳ねるところまでシンギングボウルとほぼ同じでした。この論文は、ボウルの倍音が「体感するほど顕著」とは思えなかった、と結論しています(2つのボウルだけの比較です)。違うのは道具そのものより、鳴らし方と、そこに付けられた物語なのかもしれません。
打つ音とこする音、「倍音」の意味
辞典によると、倍音は、いちばん低い音(基音)の振動数のちょうど整数倍の振動数をもつ音のことです。先の論文で打ったときのボウルの高い音は、いちばん低い音の約2.65倍と約4.9倍で、整数倍ではありません(計算)。お鈴もほぼ同じ比でした。
物理学者が調べた2011年の論文によると、打つと多くの振動が同時に出ます。こすると、ワイングラスの縁をぬれた指でこするのと同じしくみで、主にいちばん低い振動が出て、その整数倍の倍音も出ます。ボウルは完全な円ではないので、数ヘルツ離れた2つの音が出て、「うなり」が聞こえます。縁が厚いほど音は高く、半径が大きいほど低く、水を入れると低くなります。
水を入れて強く鳴らすと、縁に沿って細かな波が並びます。1831年にファラデーが示した、揺れの半分の振動数で立つ波(ファラデー波)です。さらに強く鳴らすと波が砕けて、縁のよく揺れる所から水滴が飛び出します。物理学者たちは、これを流体力学の題材として調べています。
脳波の研究で、アルファ波は増えなかった
もとの記事は、倍音には脳波をアルファ波やシータ波へ導く働きがあると言われている、と書いていました。けれども、ボウルの音を聞いたり、体の上で鳴らしたりして脳波を測った3本の研究では、アルファ波はどれも減っていました。17人の研究(2023年)では初めの値の85%に下がり、不安の強い50人を無作為に分けた比較試験(2023年)でもボウルの群で減り、34人に体の上でボウルを鳴らした研究(2022年)でもアルファ波の一部の帯域が減りました。
シータ波は、17人の研究で最大117%と少し増えただけでした。いちばん増えたのは、そのボウルの「うなり」と同じ6.68ヘルツの帯域で、研究者は倍音ではなく、うなりで説明しています。この研究には比べる群がなく、何人かは眠っていびきをかいていました。辞典では、シータ波は眠りに入るときによく見られる波とされています。なお、50人の比較試験の研究者は、アルファ波が減ったことを、周りへの過剰な警戒が下がったしるしと解釈しています。「導く」という言い方は研究と合いませんが、減ったからリラックスしていない、という意味でもありません。
気分や緊張についての研究
62人が約60分、横になってボウルなどの音を聞いた2017年の研究では、終わったあと、緊張や怒り、疲れ、落ち込みの自己評価が下がっていました。ただし比べる群がなく、著者自身がそれを最大の限界としています。51人の研究(2014年)では、リラクセーションの前に12分ボウルの音を聞いた回は、音のない回より、血圧の上の値と心拍数がより下がりました。48人の研究(2020年)では、鳴らすボウルと鳴らさないボウルで、眠気の自己評価に少し差が出ましたが、瞳孔で測る客観的な指標には差がありませんでした。
2020年の系統的レビューは、査読された研究は4本だけで、今のところシンギングボウルを使う療法は勧められない、と結論しています。2025年に19本をまとめた研究も、可能性を示しつつ、比較試験はすべて偏りのおそれが大きいと評価しました。いちばん古い2008年の比較試験(54人、クリスタルボウル、背中まわりの慢性の痛み)では、偽の治療と比べて痛みが和らぐことは確かめられませんでした。言えるのは、静かに横になって音を聞く時間に、その場の緊張が和らいだという小さな報告がある、というところまでです。
もとの記事の、空間のネガティブなエネルギーを払う、パワーストーンを浄化する、一緒に使うと効果が高まる、には出典がありませんでした。「空気が軽くなる感覚を覚える方も多い」「プレゼントにも喜ばれます」といった、出どころのない人の声も外しました。
紹介している商品について
販売ページによると、紹介している商品はブロンズ製で、職人がハンマーで叩いて形をつくる鍛造のボウルです。直径9〜11cmの極小で、スティックと巾着が付いています。手作りのため、形や厚み、音の響きに個体差があるとされます。販売ページは、極小は基本的に打って鳴らす用で、初めての人やこすって鳴らしたい人には小サイズ以上を勧めています。もとの記事は、この商品の縁をこすれば倍音が生まれ、5〜10分も練習すれば感覚がつかめる、と書いていましたが、販売ページの説明と合いません。
製造国は販売ページに書かれていません。商品名の「協会認定」についても、何の協会がどんな認定をしたのかの説明はなく、使い方のこつをメールで送る協会と提携している、とあるだけです。前の版のこの記事にあった、古いボウルの金属を分析した調査では金や水銀は見つからなかった、という一文は、もとの調査を確かめられなかったので外しました。販売店は、使っているのはブロンズで、水銀や鉛のおそれがある「7種の金属」は使っていない、と説明しています。
鳴らすときの注意
- 器は手のひらや指先に乗せる。包み込むように握ると響きが止まる(販売ページも、持ち手で包みこまないよう書いている)
- 小さなボウルは打って鳴らす。こすって長く響かせるなら、大きめのもののほうが向いている
- こするときは、縁の外側に棒を当てて同じ速さで回す。速すぎたり押し付けすぎたりすると、棒が縁の上で跳ねて雑音になる
- 水を入れて強く鳴らすと水滴が飛ぶので、周りの物がぬれないようにする
- 耳のすぐそばで強く鳴らさない
厚生労働省の健康情報サイトによると、85デシベル以上の音には難聴の危険があり、100デシベル以上の大きな音では急に難聴になることもあります。ボウルの音の大きさを耳元で測った研究は見つかりませんでしたが、耳の近くで強く鳴らすのは避けましょう。瞑想そのものにも、不安や気分の落ち込みが出ることがあるので、つらくなったらやめてください。
鳴らしたあとに、耳鳴りや耳の詰まった感じが続くときは、早めに耳鼻咽喉科を受診してください。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、大きな音を繰り返し聞くと治りにくくなる、としています。
例として、紹介しているシンギングボウル(アマナマナ、直径9〜11cmの極小、ブロンズ製)の販売ページです。販売ページでは、極小は基本的に打って鳴らす用で、こすって鳴らすなら小サイズ以上を勧めています。製造国は書かれていません。
※ 価格は投稿時点のものです。最新の価格はAmazonでご確認ください。
よくある質問
Q. シンギングボウルはチベットの伝統の道具ですか?
A. チベットの儀礼で使われていたという確かな記録は見つかっていません。文字の記録に出てくるのは1972年のアメリカのレコードからとされ、販売ページもチベット仏教の正式な仏具ではないと説明しています。
Q. 倍音で脳波がアルファ波になりますか?
A. 脳波を測った3本の研究では、アルファ波は増えず、むしろ減っていました。
Q. シンギングボウルにリラックスの効果はありますか?
A. 聞いたあとに緊張の自己評価が下がったという小さな研究はありますが、レビューは研究が少なく、質も十分でないとしています。
Q. 初心者でも、こすって鳴らせますか?
A. こすって鳴らすには少し練習が要ります。紹介している極小のボウルは、販売ページでは基本的に打って鳴らす用とされています。
Q. 仏壇のおりんとはどう違いますか?
A. 形も大きさも材料も近く、おりんもこすると同じように鳴ることを測った論文があります。



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