窓のそば、玄関、天井の隅。このところ、やけに蜘蛛を見かける、と気になることがあります。スピリチュアルのサイトでは、蜘蛛は縁や創造のシンボルで、家の中の蜘蛛は家庭運や金運が上がるしるしだ、と説明されることがあります。
ここでは、朝蜘蛛・夜蜘蛛の言い伝えを、辞典と、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に集められた各地の記録で確かめます。家でよく見る蜘蛛の正体を図鑑と辞典で、毒のある外来の蜘蛛への注意を環境省と国立健康危機管理研究機構(旧・国立感染症研究所)の資料で確かめ、土蜘蛛や芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のもとになった話も紹介します。
黒くて小さく、お腹の背に赤いすじのある蜘蛛は、毒のあるセアカゴケグモかもしれません。素手で触ったり捕まえたりせず、靴で踏むか市販の殺虫剤で駆除してください。側溝の掃除や庭仕事のときは軍手を着けます。かまれたら、患部を水や石けん水で洗い、自分で判断せず、すぐに医療機関を受診してください。できれば、かんだ蜘蛛を殺して持って行くと、種類が分かります。胸やお腹の強い痛み、吐き気、汗が出るといった症状があるときは急いでください。
もとの記事は、家の中で蜘蛛に出会うのは家庭の守護や金運・家運の上昇のしるしで、そっと外に出してあげるとよい、と書いていましたが、家の守りとする言い伝えは見つかりませんでした。辞典に載っている家の蜘蛛の言い伝えは、土地ごとにばらばらです。そして、手で外に出す前に、まず毒のある蜘蛛でないかを確かめる必要があります。
「朝蜘蛛は吉、夜蜘蛛は殺せ」のもとの形

辞典では、朝に出てくる蜘蛛は吉兆で、見ると縁起がよいとされます。世界大百科事典は、朝の蜘蛛を「福グモ」と見て喜び、夜の蜘蛛を「盗人の先走り」といって嫌い、「親に似ていても殺せ」とする例は全国的だ、と説明しています。夜の蜘蛛は、泥棒が来る前ぶれとされたのです。
もとの記事は、「夜蜘蛛は親の敵とも殺せ」と書き、夜の蜘蛛は泥棒(不運)を連れてくる、としていましたが、辞典の形は「親に似ていても殺せ」で、蜘蛛が泥棒を連れてくるのではなく、泥棒の前ぶれです。データベースの全文検索でも「親の敵」の形は見つからず、和歌山県みなべ町(1981年の報告)や香川県綾歌郡(1977年の報告)の記録にも、「親に似ていても殺せ」の形で出てきました。
ところが、同じ夜の蜘蛛でも、扱い方は土地によって違います。
- 九州
蜘蛛を方言で「コブ」といい、朝の蜘蛛は「ヨロコブ」といって、めでたいしるしとして神棚にあげる。一方で「宵のコブは親に似ていても殺せ」と嫌う(日本大百科全書)。 - 秋田
夜の蜘蛛が家にいると翌日お客が来る、紙に包んで神棚にあげておくと翌日もらい物をする、という。盗賊の前ぶれともいって、夜の蜘蛛は紙に包んで神棚にあげ、朝に逃がす(同)。 - 茨城県常陸大宮市
朝蜘蛛は縁起がよく、夜蜘蛛は泥棒の先がけなので、夜は外へ捨てる(1983年の報告)。 - 東京
蜘蛛を紙に包んでたんすに入れておくと、お金がたまる(日本大百科全書)。 - 島根県隠岐
頭の真ん中に口のある女が、離縁されたあと毎夜蜘蛛に化けて通い、見破られて焼き殺された。それで夜の蜘蛛は見つけしだい焼く(1922年の報告)。
夜の蜘蛛を殺す理由として、怖い話が語られる土地もあります。静岡県川根本町の記録(1978年の報告)では、夜、山小屋で座っていた人の足の間を蜘蛛が何度も行き来して糸を張り、その人は引かれてしまった、それで夜蜘蛛は殺せというようになった、とされます。兵庫県たつの市では、大晦日の夜に鬼が蜘蛛に化けていろりから降りてくるという話があり、年取りの火を大きく焚き、夜の蜘蛛を嫌うといいます(1989年の報告)。
世界大百科事典は、夜の蜘蛛がひどく嫌われたのは、神が訪れる夜への畏れと、八本の脚や網を張って待ち伏せる姿、薄暗い所に潜むくせの不気味さが重なったためであろう、と推し量っています。もとの記事は、朝の蜘蛛は幸運を運ぶ使者として大切にされてきた、と書いていましたが、それは大げさで、辞典にあるのは、朝の蜘蛛を吉兆とし、九州では神棚にあげる、といった言い伝えです。
恋の歌に出てくる蜘蛛
蜘蛛のふるまいを何かの前ぶれとする考えは、とても古い書物にも出てきます。720年にまとめられた『日本書紀』の、允恭天皇8年の春の記事です。天皇がひそかに藤原の地を訪れた夕方、衣通郎姫(そとおしのいらつめ)は、天皇が来ているとは知らずに、恋しく思って歌を詠みました。歌の意味は、あの人が来るはずの宵だ、蜘蛛のふるまいで今夜はそれがはっきり分かる、というものです(訳は試訳です)。
世界大百科事典は、この話を挙げて、蜘蛛の不思議なふるまいは何かの前ぶれと考えられてきたとし、下がりグモがあればお客が来る、朝の蜘蛛の巣づくりは晴れのしるし、といった言い伝えを紹介しています。蜘蛛を見かけると、何かが起こる気がする。そう感じる気持ちは、1300年前の書物にもすでに書かれていたのです。
家でよく見る蜘蛛の正体
日本の蜘蛛は、資料によって約1,000種とも約1,200種ともされ、その多くは人に害を与えません。家の中で見かけるのは、だいたい次のような蜘蛛です。
- アシダカグモ
脚を広げると10cmほどになる、茶色の大きな蜘蛛です。網を張らずに歩き回る蜘蛛では日本最大で、関東より南の家にすみます。夜行性で、夕方から家の中を歩き回り、ゴキブリを盛んに捕らえる益虫とされます。熱帯の生まれで、暖房のある家なら日本の冬も越し、飼育では9年半生きた記録があります。 - ハエトリグモ
ふつうは体長6〜8mmほどの小さな蜘蛛です。網を張らず、壁や窓を歩き回って、ハエなどに跳びついて捕らえます。脚の先の毛の束で、ガラスの面も歩けます。家の中に多いのは、関東ではミスジハエトリやチャスジハエトリ、関西ではアダンソンハエトリとされます。 - ヒメグモの仲間
オオヒメグモなど、暗い所を好む小さな蜘蛛です。なお、毒のあるセアカゴケグモも、このヒメグモの仲間に入ります。
アメリカのノースカロライナ州で、50軒の家の中にいる虫や蜘蛛を部屋ごとに調べた2016年の研究では、すべての家で見つかったのは、ヒメグモの仲間(写真はオオヒメグモ)、カツオブシムシの仲間、タマバエの仲間、アリの4つのグループだけでした。家の中にいた生き物の多くは害のない種で、害虫の種は、害のない種より見つかる回数が少なかったといいます。日本の家の調査ではありませんが、家で蜘蛛を見かけるのは、どの家にもあるふつうのことだと分かります。
江戸時代には、ハエトリグモを「座敷鷹」と呼んで、ハエを捕る速さを競わせる遊びがはやりました。世界大百科事典によると、延宝年間(1673〜81年)ごろから流行し、井原西鶴の『好色一代男』(1682年)にも、江戸ではやる「蠅取蜘」が出てきます。よく跳ぶものは高い値で取引され、蒔絵をほどこした箱で飼われましたが、やがて賭けごとになって禁じられました。鹿児島県や高知県では、旧暦5月の節供にコガネグモを戦わせる「蜘蛛合戦」が行われている、と辞典にあります。
秋に蜘蛛が目立つわけ
秋になると、庭や林のそばで、大きな網と、黄色と青黒のしま模様の蜘蛛が目につくようになります。ジョロウグモは秋を代表する蜘蛛で、9月ごろから繁殖の時期に入り、9月下旬から10月初めに卵を産みます。蜘蛛をよく見るようになったと感じる季節には、こうした蜘蛛の暮らしの節目が重なっていることがあります。
山形県の米沢盆地などでは、晩秋の小春日和の日に、糸をつけた子蜘蛛が風に乗って空を飛ぶのが見られます。このあと雪が降ることが多いので、「雪迎え」と呼ばれます。空に漂う蜘蛛の糸も、季節を知らせるものとして名前がつけられてきました。
見かけても手で触らない蜘蛛
気をつけたいのは、外国から入ってきたセアカゴケグモです。国立環境研究所の侵入生物データベースによると、国内で初めて記録されたのは1995年で、建築資材などに紛れて入ってきたとされます。令和7年度の環境省の調査では、青森県を除く46都道府県で記録があります。外来生物法の特定外来生物で、生きたまま持ち運んだり飼ったりすることは禁じられています。
毒があるのは体長1cmほどの雌で、全体が黒く、お腹の背に目立つ赤いすじがあり、お腹の下側には砂時計の形の赤い模様があります。雄は雌の半分以下の大きさで、毒はありません。環境省の九州環境局のページによると、側溝やためます、壁の割れ目、自動販売機の下などを好み、室内に入っていることもあります。性質はおとなしく、自分から人を襲うことはありませんが、触るとかまれることがあります。
国立健康危機管理研究機構(旧・国立感染症研究所)の2013年の解説によると、日本でセアカゴケグモにかまれた例は、1995年から2013年1月までに、大阪府を中心に71例が公表されていました。庭に置いたサンダルや長靴を履いたとき、側溝を掃除したとき、植木鉢やプランターを運んだときなど、身近な場面が多かったとされます。かまれた所の赤み、広がる痛み、しびれ、軽い腫れが多く、指や腕なら胸の痛み、脚なら強い腹痛が出ることもあります。重くなるのは、子ども、高齢の人、体の弱い人に多いとされます。環境省の2014年1月時点のチラシには、日本ではセアカゴケグモの毒で亡くなった例はない、とあります。
在来の蜘蛛では、カバキコマチグモの毒がやや強く、かまれると体質によって3日ほど熱や寒気、痛みが続くことがあります。野山でススキの葉をちまきのように巻いて巣にする蜘蛛です。辞典は、どの蜘蛛も、触れられたときに身を守るためにかむのであって、自分から人を攻撃するものはいない、と説明しています。家の中の蜘蛛を外に出したいときも、素手でつかまないようにしましょう。
土蜘蛛は、もとは人の呼び名だった
蜘蛛は、怖いものとしても語られてきました。「土蜘蛛(つちぐも)」は、古代、大和朝廷に従わなかった土地の人々を、さげすんで呼んだ名です。『日本書紀』は、背が低く手足が長いと形容し、『常陸国風土記』は、土の穴に住む人々と書いています。百科事典マイペディアは、こうした言い伝えや習俗は、むしろ土蜘蛛という名から作られたものではないか、としています。日本大百科全書は、その呼び名には占いの力をもつ巫女の意味も含まれ、背景に蜘蛛を地の霊とする考えがあったとも考えられる、と書いています。
中世になると、土蜘蛛は妖怪として描かれるようになります。能の『土蜘蛛』は『平家物語』の剣の巻をもとにした曲で、不思議な病に伏す源頼光のもとに、薬を届ける胡蝶という女と入れ替わるように怪しい僧が現れ、蜘蛛の巣を投げかけて襲います。頼光が刀で斬りつけると消え、刀は「蜘蛛切り」と名づけられ、家来たちが葛城山で土蜘蛛を退治します。舞台で投げる蜘蛛の糸は、鉛を芯に雁皮紙という薄い紙を巻いて細かく刻んだもので、白い虹が走るような美しさが好まれています。蝶の言い伝えは白い蝶の記事で紹介しています。
昔話にも、蜘蛛は水の霊として出てきます。全国に伝わる「賢淵(かしこぶち)」では、淵で釣りをしていた男の足に、蜘蛛が糸をかけて去ります。男がその糸をそばの大木に移しておくと、蜘蛛は何度もその木に糸をかけ、ついに大木を引き抜いてしまいます。男は危うく助かり、淵の中から「賢い、賢い」という声がした、という話です。世界大百科事典は、こうした話では蜘蛛が水の世界の霊と考えられていたらしい、としています。
『蜘蛛の糸』のもとになった話
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は、1918年(大正7年)7月、児童雑誌『赤い鳥』に発表されました。地獄に落ちた大泥棒カンダタが、お釈迦さまの下ろした蜘蛛の糸をのぼって極楽へ向かいますが、自分だけ助かろうとしたために、また地獄へ落ちる話です。
この話には、もとになった話があります。ポール・ケーラスが英語で書いた仏教の物語『カルマ』で、1894年に発表されました。その中の「くもの巣」の章では、地獄で苦しむ大盗賊カンダタのもとへ、仏陀が蜘蛛の巣に乗せた蜘蛛を下ろし、蜘蛛が、巣につかまって登りなさい、と言います。主人公の名前も同じカンダタです。
のちの版に付けられた出版社の言葉によると、『カルマ』はまず雑誌『オープン・コート』に載り、本の形で最初に出たのは日本でした。長谷川の店からちりめん紙の本として3度刊行され、絵は鈴木華邨が描いています。日本語には鈴木大拙が訳し、1898年(明治31年)に『因果の小車』として出ています。この訳を『蜘蛛の糸』の出典を考える新しい資料として紹介した論文(1968年)もあります。
同じ出版社の言葉には、ロシアの作家トルストイがこの話をロシア語に訳して自国の人々に勧めたこと、その訳からフランス語やドイツ語に訳されるうちに、トルストイの作品として広まってしまったことも書かれています。蜘蛛の糸の話は、日本の子どもたちに届く前に、世界をめぐっていたのです。
世界の蜘蛛の言い伝え
世界大百科事典によると、蜘蛛は世界のあちこちで、神の意思を示す動物と考えられてきました。古代ローマでは天気や周りの変化を知らせるとされ、キリスト教の伝説では、聖家族がエジプトへ逃れる途中に隠れた洞窟の入口に蜘蛛が巣を張り、追っ手から逃れられたといいます。イギリスなどヨーロッパでは蜘蛛を繁栄のしるしとして大切にし、赤い小さな蜘蛛を「銭グモ」と呼んで、豊かになる前ぶれとします。北ヨーロッパでは縁結びの動物とされました。動物学で蜘蛛の仲間を「アラクニダ」と呼ぶのは、女神アテナと機織りを競って蜘蛛に変えられた、ギリシャ神話のアラクネに由来します。
日本大百科全書によると、アフリカの多くの文化では、蜘蛛は神の使いでありいたずら者でもあり、糸紡ぎや機織りを生み出したとされることが多く、ガーナのアシャンティの人々の民話では「アナンシ」と呼ばれます。
もとの記事は、ヨーロッパでは家の中に蜘蛛の巣がある家は栄える、と書いていましたが、辞典にあるのは、巣ではなく蜘蛛そのものを繁栄のしるしとする言い伝えでした。エジプトの女神ネイトが蜘蛛と結びつけられ、運命の糸を紡ぐ存在として崇められた、という話も、辞典はネイトを織物を始めた女神、梭(ひ)で世界を織りなした女神とするだけで、蜘蛛には触れていませんでした。北アメリカの先住民の蜘蛛の女神が世界を創造した、クリスマスツリーに蜘蛛の巣の飾りをつける国がある、という話は、今回は確かめられませんでした。
蜘蛛と日本人の関わりをもっと知りたいときは、斎藤慎一郎さんの『蜘蛛』(法政大学出版局、2002年)があります。「ものと人間の文化史」の一冊で、出版社は、土蜘蛛と畏れられる一方でクモ合戦のように子どもの遊びにもなってきた、クモと人の歴史をさかのぼる「異色のクモ文化論」と紹介しています。「横浜のホンチ遊び」「クモという言葉」「銅鐸のクモ」「土蜘蛛論」といった章があります。
よくある質問
Q. 朝に蜘蛛を見ると、縁起がいいのですか?
A. 辞典では、朝の蜘蛛は吉兆で、見ると縁起がよいとされます。九州では「ヨロコブ」と呼んで神棚にあげる土地もありました。
Q. 夜の蜘蛛は殺したほうがいいのですか?
A. 「親に似ていても殺せ」という言い伝えは全国的ですが、外へ捨てる、紙に包んで神棚にあげ朝に逃がす、という土地もあり、扱いはまちまちです。夜の蜘蛛が泥棒の前ぶれとされたのは、言い伝えの話です。
Q. 家の蜘蛛は、外に出したほうがいいですか?
A. 家でよく見るアシダカグモやハエトリグモは、ゴキブリやハエを捕らえる蜘蛛です。黒くて小さく、赤いすじのある蜘蛛はセアカゴケグモのおそれがあるので、素手で触らないでください。
Q. 蜘蛛の夢には意味がありますか?
A. 中国の夢占いの書『周公解夢』の全文に、蜘蛛の字は出てきませんでした。蜘蛛の夢の意味を確かめた資料は見つかりませんでした。
Q. セアカゴケグモにかまれたら、どうすればいいですか?
A. 患部を水や石けん水で洗い、自分で判断せず、すぐに医療機関を受診してください。できれば、かんだ蜘蛛を殺して持って行くと、種類が分かります。


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