目の前を、白い蝶がひらひらと横切っていった。亡くなった人が会いに来たのではないか、何かのしるしではないか、と気になることがあります。スピリチュアルの本やサイトでは、白い蝶は魂や守護霊からのメッセージで、よいことの前ぶれだ、と説明されることがあります。
ここでは、白い蝶にまつわる言い伝えを、辞典と、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に集められた各地の民俗の記録から探しました。あわせて、見かけた白い蝶が何という蝶で、いつごろ多いのかを、図鑑や辞典と気象庁の観測の記録で確かめます。
言い伝えに出てくる白い蝶は、だれの魂か

データベースの全文検索で「白い蝶」が出てくる記録は、2件だけでした。どちらも魂の話ですが、亡くなった人が会いに来る話ではありません。
一つは新潟県三条市の話で、『新潟県史』の民俗編(1982年)に載っています。データベースの要約によると、病気のおばあさんが息を引き取ったとき、鼻の穴から白い蝶が一つ出て、外へ飛んでいきました。そばにいた人が「タマヨバイ」と呼びかけると、白い蝶が舞い戻って鼻の穴に入り、おばあさんは生き返りました。おばあさんは、花の咲く野原を行くと川に出て、舟に乗ろうとしたところで呼ばれ、目が覚めた、その川は三途の川だった、と語ったといいます。辞典によると、死んだ人の魂を呼び返すことを「魂呼ばい」といいます。この話の白い蝶は、体から抜け出しかけた本人の魂です。
もう一つは沖縄の記録です。国立民族学博物館の研究報告(1986年)の論文をもとにした要約によると、男のきょうだいを守る女のきょうだいの生きている魂は「オナリ神」として尊ばれ、白い蝶や鳥の姿をとると考えられています。守ってくれる白い蝶は、亡くなった人ではなく、生きている姉妹の魂として語られているのです。
もとの記事は、亡くなった大切な人や守護霊が蝶の姿を借りてメッセージを届けてくれるという伝承が各地に残り、白い蝶を魂や天からのサインとする解釈は世界共通だ、と書いていましたが、そうした形の記録は見つかりませんでした。日本の言い伝えで魂と結びつけられてきたのは、色を問わない「蝶」で、しかも、よい意味だけで語られてきたわけではありません。
盆の蝶、夜の蝶、立山の「生霊市」
日本大百科全書は、不気味な蝶の舞うさまが、死者の魂の行き交うさまと結びつけられてきた、と説明しています。江戸時代の百科事典『和漢三才図会』は、越中(今の富山県)の立山の地獄道にある地蔵堂で、毎年7月15日の夜に胡蝶がたくさん現れて原を舞い遊び、これを「生霊市(しょうりょういち)」と呼ぶ、と記しています。旧暦の7月15日は、盂蘭盆(お盆)の日です。
ほかの地方でも、盆のころの黒い蝶は仏様の乗り物で、夜の蝶はその使いだと伝えられています。データベースにも、栃木県宇都宮市の「お盆の黒い蝶には仏様が乗って来る」という記録(1933年の報告)や、千葉県の「夜に舞う蝶は死者の魂の使い」という記録(1990年の報告)があります。お盆に仏様が乗ってくるとされたのは、白い蝶ではなく黒い蝶でした。もとの記事は、お盆の時期や命日に白い蝶を見て、あの人が来てくれたと感じる人は今でも多い、と書いていましたが、誰がそう感じたのかを確かめられる話ではありません。
蝶を死者の生まれ変わりとして、捕らないようにする言い伝えもあります。三重県鈴鹿市の記録(1973年の報告)では、人は死ぬと犬・猫・蝶・とんぼに生まれ変わるので、これらが家の近くに来ると死者が来たといい、捕ることを禁じたといいます。山梨県山中湖村の記録(1950年の報告)にも、ある年、盆の近くまで蝶が出て盆のご飯にとまり、家を出なかったので、蝶が来ても8歳の女の子の霊が来たのだからと、子どもが蝶を捕るのを禁じた、という話があります。お盆のころのトンボを捕らない言い伝えはトンボの夢の記事、お盆のころに飛ぶ「精霊とんぼ」の正体はトンボの記事で紹介しています。
ただ、死者の霊としての蝶は、やさしい再会の話ばかりではありません。高知県香南市の記録(1942年の報告)では、夜更けの道に蝶が群れて来る怪しいことがあり、出会うと病気で死ぬとされ、思いがけない死に方をした人の霊だといわれました。家に蝶が入るのは盗人や病人のしるしとも、土地によっては金運や縁談のしるしともされ、言い伝えの蝶は吉と凶の両方で語られています(神社の歓迎サインの記事でも紹介しています)。
鹿児島県瀬戸内町の記録(2001年の報告)には、眠っている人の部屋を蝶が飛んでいて、目覚めたその人が遠くへ行った夢を見ていたと言ったので、魂は生きているうちも体を離れるのだということになった、という話もあります。三条市の白い蝶と同じく、蝶は、体を出たり入ったりする魂の姿として語られてきました。百科事典は、幼虫からさなぎになり、羽化して飛び立つという姿の変わり方と、人が姿を変えてあの世へ行くこととの連想があったのではないか、と推し量っています。
見かけた白い蝶は、たぶんこの3種
日本の蝶は、およそ260種が知られています。身近で見かける白い蝶には、次のようなシロチョウの仲間がいます。
- モンシロチョウ
北海道から南西諸島まで全国にいて、アゲハとともに最もよく知られた蝶です。明るい日なたを好み、森にはすまず、畑や空き地を飛びます。幼虫はキャベツを好むアオムシで、成虫は3月から11月ごろまで見られます。名前は「紋のあるシロチョウ」という意味で、「紋の白い蝶」ではありません。 - スジグロシロチョウ
北海道から九州まで、山地から市街地まで広くいます。モンシロチョウとよく間違えられますが、後ろばねの裏の翅脈(はねのすじ)が黒いので見分けられます。やや日陰を好むので、空き地や草地の少ない市街地では、春はモンシロチョウよりこちらが多いとされます。 - モンキチョウの雌
名前は黄色い蝶ですが、雌は地色が白いものが多く、黄色の雌もいます。雄はいつも黄色です。前ばねの先が広く黒いのが目じるしで、早春、モンシロチョウとともに最も早く出てくる蝶の一つです。
もとの記事は、白い蝶は浄化や純粋さ、魂のつながりを、黄色い蝶は金運や幸運を表す、と色で意味を分けていましたが、その出どころは見つかりませんでした。同じモンキチョウでも、雌は白いことも黄色いこともあります。
町なかで白い蝶をよく見かけるのには、身近な理由もあります。辞典によると、スジグロシロチョウは、1970年ごろから都市部に増えたショカツサイ(ハナダイコン)を幼虫の食べ物にして増えています。モンシロチョウは、寒い地方で年に2〜3回、九州などの暖かい地方では6〜7回も発生を繰り返すので、春から秋まで、何度も新しい成虫が羽化してきます。
初めて白い蝶を見る日は、南から北へ2か月
気象庁は、季節の進み方を知るために、各地の気象台で「もんしろちょうの初見」、つまりその年に初めてモンシロチョウを見た日を観測していました。1991年から2020年までの平均(平年値)は次のとおりです。
- 鹿児島 3月3日
- 福岡 3月18日
- 京都 3月24日
- 名古屋 3月27日
- 大阪 3月28日
- 広島 3月29日
- 仙台 4月11日
- 札幌 5月4日
鹿児島から札幌まで、初めて白い蝶を見る日は、およそ2か月かけて北へ進みます。この観測は、動物の観測とともに2020年の末で終わり、いまの気象庁は植物の6種目だけを観測しています。多くの種目は、国立環境研究所が市民の調査員と一緒に続けています。
モンシロチョウは、ふつうさなぎで冬を越します。春先は、冬を越したさなぎから蝶が羽化して飛びはじめる季節です。スジグロシロチョウも、春に現れる時期は各地のサクラの開花のころとほぼ同じだとされます。春になって急に白い蝶を見かけるようになるのは、こうした季節の巡りによるものです。
人には白でも、蝶の目には雄と雌で違う色
日本大百科全書によると、人の目には雄も雌も白く見えるモンシロチョウを紫外線で写すと、雄は黒く、雌は白く写ります。昆虫の目は人より紫外線のほうまで見えるので、モンシロチョウの見ている世界は、人が見ているものとはかなり違うらしい、と説明されています。小学館の図鑑も、雌は紫外線を強く反射していて、人間には見えない、と書いています。
私たちが「白い蝶」とひとまとめに呼んでいるものも、蝶どうしでは、雄と雌で違う色に見えているのかもしれません。白という色に特別な意味を重ねるのは人の見方で、蝶の側の見え方とは別のものです。
プシュケーは「命」で「魂」で「蝶」
もとの記事は、古代ギリシャで「プシュケー」という言葉が魂と蝶の両方を意味し、魂が肉体を離れるときに蝶の姿をとると信じられていた、と書いていました。前半は辞書で確かめられます。
古代ギリシャ語の代表的な辞書であるリデルとスコットの希英辞典は、プシュケーの意味として、命、ホメロスの詩では死者の霊、のちには不死の魂を挙げ、別の意味として「蝶または蛾」も載せています。もとは「息」を意味する言葉だったことは魂の記事で紹介しています。
「蝶」の意味の用例に挙がっているのは、紀元前4世紀のアリストテレスの『動物誌』です。1910年の英訳によると、プシュケーと呼ばれる蝶は、緑の葉、とくにキャベツとも呼ばれる植物の葉につく毛虫から生まれる、と書かれています。粟粒より小さなものが幼虫になり、やがて動かなくなって姿を変え、殻が割れて翅のあるものが飛び出す、という観察です。キャベツの仲間の葉につく青虫から出てくる蝶といえば、シロチョウの仲間を思わせますが、種の名前は書かれていません。
一方、魂が体を離れるとき蝶の姿をとると信じられていた、という後半の出どころは、今回の資料では確かめられませんでした。日本大百科全書によると、体を離れる魂の考えは世界中にあり、最も多いのは鳥と結びつくもので、蝶と結びつく例もあります。ミャンマーのビルマ語では、体から抜け出しやすいと信じられた魂を「蝶霊」と呼び、抜け出すと病気になり、戻らなければ死ぬと考えられていたといいます。
世界の蝶は、吉兆とも凶兆とも
同じ辞典は、世界の蝶の言い伝えも紹介しています。北アメリカの先住民ピマの神話では、創造主が蝶の姿になって、人々に合うよい土地を探して飛び続けます。南アメリカのデサナの人々が恐れる精霊は、背中を青い蝶で覆われていて、ここでは蝶は凶兆です。ドイツでは蝶は子どもを連れてくる、アメリカでは蝶が家に迷い込むと近く結婚がある、ともいわれます。
別の百科事典は、蝶や蛾が夕方に窓から飛び込んでくると、待っていた知らせがもうすぐ来ると喜ぶ一方、黒い蝶や蛾は不吉で、春に初めて見た蝶が黒いと、本人が病気になるか、その年のうちに家族に病人が出る、という言い伝えを挙げています。ただし、どの土地の話かは書かれていません。
もとの記事は、アイルランドやケルトの文化では白い蝶が死者の魂として神聖視され、北アメリカの先住民の伝承では蝶が変容と再生の精霊とされた、と書いていましたが、その出どころは見つかりませんでした。
胡蝶の夢は、魂の話ではない
蝶と夢といえば、中国の『荘子』にある「胡蝶の夢」が知られています。荘子が夢で蝶になり、目覚めてから、自分が夢で蝶になったのか、蝶がいま夢で自分になっているのか分からなくなった、という話です。辞典は、自分と物との区別のない境地や、夢と現実の区別がつかないことのたとえ、転じて人生のはかなさのたとえ、と説明しています。原文は、荘子と蝶にはきっと区別があるはずで、これを「物化」という、と結ばれています。亡くなった人の魂の話ではありません。
もとの記事は、夢に白い蝶が出てきたら魂が浄化されているしるしだ、と書いていましたが、中国の夢占いの書『周公解夢』には白い蝶の項目はなく、蝶が出てくる項目は、蜂と蝶がたわむれる夢は事が成らない、という一つだけでした。
日本の古い詩歌や物語にも、蝶はよく登場します。奈良時代の漢詩集『懐風藻』に早くも蝶が詠まれ、荘子の蝶の夢は和歌にも詠まれました。『枕草子』の「虫は」の段や『源氏物語』にも出てきて、俳句では春の季語です。
蝶の家紋は、平家のしるし?
蝶は家紋にもなりました。辞典には、向い蝶・揚羽の蝶・源氏蝶・結び蝶などの紋が載っています。揚羽蝶の紋は、もと平氏に縁を結んだ家々が用いた、と説明する辞典がある一方、別の百科事典は、江戸時代に家の格を示すものになった紋が、「源氏は笹竜胆、平家は蝶」といった、あとからこじつけた説に合わせて作られた、と書いています。蝶の紋を平家のしるしとする話には、後の時代に作られた面もあるのです。
白い蝶を見て、亡くなった人を思い出したら
白い蝶を見て、亡くなった人を思い出すのは自然なことです。配偶者を亡くした人の約半数が、亡くなった相手の姿や気配を感じていた、という1971年の研究(ウェールズ中部の293人)は、白い羽根の記事で紹介しています。ただ、これは蝶とは関係のない研究で、蝶がその人から来たことを示すものではありません。
言い伝えにならうなら、蝶を捕まえずに、そっと見送ることになります。鈴鹿市や山中湖村の記録のように、亡くなった人が来たと考えて、蝶を捕るのを禁じた土地があるからです。辞典には、オコリチョウを捕ると瘧(おこり)という熱の出る病気にかかる、ミヤジマチョウを殺すと宮島参りの舟が沈む、といった戒めも載っています。
庭や畑で白い蝶がよく飛んでいるなら、近くにキャベツなどの、アオムシの食べる植物があるのかもしれません。白い蝶の暮らしを知りたいときは、動物行動学者の小原嘉明さんの『モンシロチョウ キャベツ畑の動物行動学』(中公新書、2003年)があります。モンシロチョウがどうやって結婚相手を見つけるのかを、実験の道具を自作しながら確かめていった本で、「モンシロチョウの手旗信号」「まぼろし色の花嫁衣装」「雄の繁殖戦略」「雌の繁殖戦略」といった章があります。
よくある質問
Q. 白い蝶が近くに飛んできたのは、何かのサインですか?
A. 辞典や民俗の記録に、白い蝶を亡くなった人からのメッセージとする言い伝えは見つかりませんでした。白い蝶の記録は、臨終の人から抜け出した本人の魂(新潟県三条市)と、男きょうだいを守る姉妹の魂(沖縄)の2件でした。
Q. 白い蝶と黄色い蝶で、意味は違いますか?
A. 色で意味を分ける言い伝えの出どころは見つかりませんでした。モンキチョウの雌は白いものが多く、同じ種でも白と黄色に分かれます。
Q. お盆に蝶を見たら、ご先祖さまが来たのですか?
A. 盆のころの黒い蝶は仏様の乗り物だとする言い伝えが各地にあり、亡くなった人が来たと考えて、蝶を捕ることを禁じた土地もありました。言い伝えとして受け止め、捕まえずに見送るとよいでしょう。
Q. 白い蝶の夢には意味がありますか?
A. 中国の夢占いの書『周公解夢』に白い蝶の項目はありません。荘子の胡蝶の夢は、夢と現実の区別がつかないことのたとえです。
Q. 白い蝶は、いつごろ多く見られますか?
A. モンシロチョウは3月から11月ごろまで見られます。気象庁の平年値では、初めて見る日は鹿児島で3月3日、札幌で5月4日でした。


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