庭先や田んぼの上を、赤いトンボが行ったり来たりしている。秋になると目につく光景です。スピリチュアルの解説では、トンボは「勝ち虫」「前進のしるし」「先祖からの知らせ」として紹介されます。
ここでは、「勝ち虫」という呼び名がどこから来たのか、その言い伝えが生き物としての事実とどう違うのか、赤とんぼとは何者で、なぜ秋に里へ下りてくるのか、そしてお盆に出るトンボの呼び名を順に見ていきます。
「勝ち虫」と呼ばれてきた

トンボは古くから「勝ち虫」と呼ばれ、縁起のよい虫とされてきました。博物館の資料によれば、トンボが飛ぶときは前進するだけで後ろに下がらない、という見方を「不転退(ふてんたい)」の精神と重ね、武将の兜や刀のつばの意匠に使われてきたとされます。
座布団や手ぬぐい、茶碗の文様としても使われてきました。強さの象徴としてだけでなく、秋の実りの季節に現れる身近な虫として、暮らしの中に入っていたということです。
ただし、トンボは後ろに下がれる
「後退しない」は、呼び名の由来として語られてきた言い伝えです。生き物としての事実とは違います。2018年に発表された研究では、高速撮影でトンボの後退飛行が解析されています。トンボは体をほぼ直立させた姿勢を保ちながら後ろへ飛び、羽を上げる動きで体重の2倍から3倍の力を出していました。
つまり、トンボは後ろにも飛べます。ただ、だからといって「勝ち虫」という呼び名が無意味になるわけではありません。昔の人が前へ進む姿に願いを重ねたこと自体は、確かな文化です。言い伝えと事実を分けて受け取ると、どちらも大事にできます。
「赤とんぼ」は、一つの種ではない
赤とんぼは、トンボ科アカネ属の種をまとめた呼び名です。代表はアキアカネ。赤いのは、成熟したオスに起きる体の色の変化です。アキアカネのオスは腹だけが赤くなり、ナツアカネのオスは成熟すると顔まで赤くなります。
よく似たウスバキトンボは、見た目は赤とんぼに似ていますが、アカネ属ではありません。腹の先がとがることや、縦向きの姿勢で止まることで見分けられます。「赤いトンボが来た」と思って見ている相手は、何種類かのうちのどれかだということです。
色ごとに意味を当てる解説をよく見かけますが、トンボの色は種の違いと、オスが成熟したかどうかの違いです。同じ一匹が、知らせの内容によって色を変えるわけではありません。
赤とんぼが秋に里へ下りてくる理由
アキアカネには、はっきりした一年の暮らしがあります。博物館の資料をもとに並べると、次のようになります。
- 春
水の中で卵から幼虫(ヤゴ)が孵化します。 - 6月ごろ
羽化して成虫になります。 - 夏
暑さを避けて高原へ移動します。避暑をするトンボとして知られています。 - 9月ごろ
涼しくなると山を下り、平地へ戻ってきます。 - 秋
水田や湿地で産卵します。卵は乾いた泥の中で冬を越し、春に孵化します。
秋になって急に赤とんぼが増えるのは、知らせが届いたからではなく、山から下りてきたからです。稲刈りの前後の田んぼの上に多いのも、産卵の場所だからです。この一年を知っていると、見かけた場所と時期から、何をしている最中なのかが見えてきます。
お盆に出るトンボ——精霊とんぼ
「先祖からの知らせ」という読み方に近い民俗は、実際にあります。辞書には「精霊蜻蛉(しょうりょうとんぼ)」という言葉が載っていて、盂蘭盆(うらぼん)のころに現れるトンボ類の俗称で、ウスバキトンボをさすことが多いと説明されています。
ウスバキトンボは、南方から繁殖を繰り返しながら北上してくるトンボです。多くの地域では卵や幼虫が冬を越せず、秋の終わりに死んでしまいます。お盆のころに大群で現れるのは、この北上の途中だからです。
先祖と結び付けられてきたのは、色ではなく、現れる時期とこの種です。赤いから先祖の使い、という説明には出どころがありません。お盆に飛ぶトンボを見て亡くなった人を思い出すなら、それは言い伝えとしてまっとうな受け取り方です。
「秋津島=トンボの島」は、語源が定まっていない
日本の古い呼び名「秋津島(あきつしま)」が「トンボの島」を意味する、という説明をよく見かけます。神武天皇が国土を見てトンボの交尾の姿にたとえた、という話が語源とされてきました。
ただ、博物館の資料は、この話について「実際にはこれは後世になって作られた神話と考えられています」と書いています。辞典も、奈良県御所市室村付近の地名に由来するという説を立てるものがあり、別の辞典は「語義については複数説が存在するが未詳」としています。言い切れる話ではありません。
西洋では、不吉な虫とされてきた
「英語でも龍の名が付いているように、強さのイメージは世界共通」と書かれていることがありますが、これは逆です。博物館の資料は、西洋ではトンボが悪いイメージの昆虫とされ、「トンボは刺す」「悪魔の縫い針」「魔女の縫い針」といった伝承があると説明しています。
縁起のよい虫として扱ってきたのは、日本を含む一部の文化です。ちなみに日本で記録されているトンボは203種(2012年時点)で、ほぼ同じ面積のニュージーランドは14種、台湾は約120種です。身近にこれだけの種類がいる土地だから、文化の中に入りやすかったのかもしれません。
トンボの体で分かっていること
- 複眼は、一万個から二万八千個の個眼が集まってできている
- 色を見分けることに関わる遺伝子を15種類以上持つ(多くの動物は2〜5種類)
- 今のトンボの祖先は、化石から、古生代ペルム紀(約2億5000万年前)ごろには現れていたとされる
- 幼虫(ヤゴ)は水の中、成虫は空中という、まったく違う二つの暮らしを持つ
「視野はほぼ360度」という数字をよく見かけますが、辞典や博物館、学術の資料では確かめられませんでした。確かなのは個眼の数と、色を見分ける仕組みが人よりも複雑だということです。
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よくある質問
Q. トンボはなぜ「勝ち虫」と呼ばれるのですか?
A. 前進するだけで後ろに下がらないという見方を「不転退」の精神と重ね、武将の兜や刀のつばの意匠に使われてきたとされます。ただし、トンボが後退飛行できることは2018年の研究で解析されています。
Q. 赤とんぼとは、どの種のことですか?
A. トンボ科アカネ属の種をまとめた呼び名で、代表はアキアカネです。赤いのは成熟したオスの体の色の変化で、アキアカネは腹だけ、ナツアカネは顔まで赤くなります。
Q. 秋に赤とんぼが増えるのは、何かの知らせですか?
A. アキアカネは夏を高原で過ごし、9月ごろ涼しくなると山を下りて平地へ戻ります。秋に増えるのは、この季節移動によるものです。
Q. トンボは先祖の使いですか?
A. 辞書には、お盆のころに現れるトンボを「精霊蜻蛉」と呼ぶ言葉が載っていて、ウスバキトンボをさすことが多いとされています。結び付いているのは色ではなく、現れる時期とこの種です。
Q. トンボの色には、それぞれ意味がありますか?
A. 色ごとの意味には出どころが見つかりませんでした。トンボの色は種の違いと、オスが成熟したかどうかの違いです。
Q. 「秋津島」はトンボの島という意味ですか?
A. 語源は定まっていません。博物館の資料は、神武天皇の話を「後世になって作られた神話」と説明し、辞典も「未詳」としています。



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