願いが叶ったときの喜びを、今のうちに味わっておく。引き寄せの実践では、これを「感情の先取り」と呼ぶことがあります。実は日本には、豊作を先に祝う「予祝(よしゅく)」という古い習わしがありました。
ここでは、予祝の行事を辞典や文化財の資料で確かめ、それが現代の自己啓発でどう使われるようになったかを見ていきます。叶った場面を思い描くと心に何が起こるのか、楽しみに待つことの効用、よく言われる「21日」の出どころも心理学の研究から整理します。
「感情の先取り」という言い方

「感情の先取り」という言い方は、国立国会図書館の蔵書や論文の検索では見つかりませんでした。「先取り」を書名に入れた引き寄せの本は、2016年や2021年に出ています。英語の呼び名として紹介されることのある言い方も、英語の本にはほとんど出てこないものでした。
「そうであるかのようにふるまう」という考え方そのものは古く、ドイツの哲学者ファイヒンガーが1911年に『かのようにの哲学』を著しています。森鴎外は、この本を読む青年を描いた短編『かのやうに』を1912年に発表しました。
豊作を先に祝う「予祝」
辞典によると、予祝は「あらかじめ祝うこと。前祝い」です。民俗としての予祝は、豊作や子孫の繁栄を祈って、一年の農作業や秋の実りを先にまねて演じる行事で、あらかじめ期待する結果をまねて表すと、そのとおりの結果が得られるという俗信にもとづく、と説明されています。多くは小正月(旧暦1月15日ごろ)に行われ、農作業の始まりの儀礼でもありました。
似たものは似たものを生むという考えにもとづく呪術を、イギリスの人類学者フレーザーは「類感呪術」と呼びました(『金枝篇』1890年)。雨乞いで太鼓をたたいて水をまくのは、雷と雨のまねです。予祝も、この考え方の仲間に入ります。
予祝は、ただ祝うだけの行事ではありませんでした。辞典は、予祝には占いを伴うこともあると書いています。小正月には、粥(かゆ)の様子でその年の豊作か凶作かを占う「粥占(かゆうら)」なども行われ、良い年も悪い年も見通そうとしていました。
今も続く予祝の行事
- 田遊び(たあそび)
その年の稲の豊作を先に祝う神事の芸能。正月などに、田を耕すところから稲刈りまでを境内でまねて演じる - 板橋の田遊び
東京都板橋区の徳丸北野神社(2月11日)と赤塚諏訪神社(2月13日)。1976年に国の重要無形民俗文化財に指定された - 藤守の田遊び
静岡県焼津市の大井八幡宮で毎年3月17日。1977年に国の重要無形民俗文化財に指定された - 蛭ヶ谷の田遊び
毎年2月11日、蛭児神社の境内で、薪に火を点けるのを合図に夜更けまで17の演目を演じる。楽器を使わない。2012年に国の重要無形民俗文化財に指定された - 庭田植
東北地方の小正月の行事。わらや豆がらを稲の苗に見立てて、庭にまいて田植えをまねる - 餅花・繭玉
米の粉のだんごや餅を作物の実った形にして木の枝に刺し、豊作を祈る小正月の飾り。繭の形のものが繭玉で、明治の養蚕の奨励で広まった
板橋の田遊びには、稲の魂を表すと考えられる赤ん坊の人形「よなぼ」が登場します。どの行事も、一人の願いではなく、村や地域の一年の実りを祈る共同の行事でした。
花見は予祝か
花見はもともと予祝だった、という説明を見かけます。辞典には、花見はもとは農作業を始める前の物忌みの行事だった、桜の花を鎮める行事から始まった、という説明があります。国文学者の折口信夫は、桜の咲き方を一年の実りの前ぶれとみる習慣があったのではないかと推測しました。
ただ、「花見は秋の豊作を先に祝う予祝」と言い切った辞典の項目は見つかりませんでした。同じ辞典は、花を眺めて楽しむ習わしは万葉の時代からある、とも書いています。
自己啓発の「予祝」は2018年から
国立国会図書館で書名に「予祝」を含む本を調べると、2000年代までは民俗学や行事の報告書でした。自己啓発の本として出てくるのは、2018年の『前祝いの法則』(フォレスト出版)が最初で、その後、続刊や2024年の『予祝のまほう』などが出ています。
辞典の予祝は、地域の人々が農作業をまねて演じる共同の行事で、「先に喜ぶ気分」を中心にしたものではありません。自己啓発の予祝は、もとの農耕の儀礼を、個人の願いに当てはめ直した使い方と言えます。
思い描くと「起こりそう」と感じる
もとの記事は、潜在意識は想像と現実を区別できない、という研究があると書いていました。心理学で確かめられているのは、想像と現実が混ざるのは、記憶違いが起こる仕組みとしてです。子どものころの出来事を想像させると、それが実際にあったと思い込みやすくなることが、1996年の研究で示されています。
1982年の研究では、自分がその出来事を体験している場面を思い描くと、懸賞に当たるような良いことでも、逮捕されるような悪いことでも、「自分に起こりそうだ」と強く感じるようになりました。ケーブルテレビを使っている自分を想像した家庭は、数週間後の勧誘で契約しやすかったそうです。叶う気がしてくるのは想像の効果で、実際に起こる確率が上がるわけではありません。売り込みに使われることもある、と知っておくと安心です。
楽しみに待つことの効用
とはいえ、楽しみなことを先に思い描くこと自体には、よい面もあります。2007年の研究では、人は出来事を振り返るときより、待っているときのほうが強い感情を感じていました。2014年の研究では、旅行のような体験にお金を使うと、物を買うより、待っている間の楽しさが大きいことが分かっています。先取りの喜びは、待つ時間を楽しくしてくれます。ただ、それは願いを叶える力とは別のものです。
行動と結びつくと確かめられているのは、「こうしたら、しなかったら、どう感じるか」という見込みのほうです。「やらなかったら後悔するだろう」という気持ちは、やろうという意図と強く、実際の行動とも中くらいに結びついていました(2008年、数十の研究のまとめ)。叶った場面を味わうだけで終わらせず、何をしなかったら後悔するかを考えてみると、行動に移しやすくなります。
「21日続ける」の出どころ
もとの記事は、まず21日間続けることを勧めていました。新しい習慣は21日で身につく、という考えは、アメリカの形成外科医マルツが1960年に出した本から広まったと、2024年の研究のまとめが書いています。日本語訳の1983年の版には「3週間イメージ訓練」という副題がついていました。実際に習慣になるまでの期間は、行動や人によって大きく違います。
「よかったこと3つ」を書く
もとの記事にあった、その日のよかったことを3つ書き出す方法は、心理学の「スリー・グッド・シングス」とほぼ同じ形です。2005年の研究では、1週間続けると幸福感が上がりました。ただ、2012年の追試では、同じような上昇が偽の課題をした人にも見られました。効くのは気分の面で、願いが現実になる仕組みとは別です。
先取りとのつきあい方
日本語には「取らぬ狸の皮算用」ということわざもあります。まだ手に入っていないものを当てにして計画を立てることへの戒めです。予祝の行事が占いとともにあったように、先に喜ぶことと、うまくいかなかったときに備えることは、昔から一緒にありました。
叶ったときの喜びを思い描いて楽しむのは、待つ時間を豊かにしてくれます。そのうえで、何をするか、何が障害になりそうかも考えておく。予祝の知恵を今に生かすなら、そんな形がよさそうです。
例として、願いをノートに書く方法をテーマにした本『書くだけで願いが叶う!「引き寄せノート」のつくり方』(丸井章夫、宝島社、2017年)の販売ページです。紙の本か電子版かは販売ページで確かめてください。
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よくある質問
Q. 感情の先取りとは何ですか?
A. 願いが叶ったときの気持ちを先に味わうという引き寄せの考え方です。この言い方の出どころは確かめられませんでした。
Q. 予祝とは何ですか?
A. 豊作を祈って、一年の農作業や秋の実りを先にまねて演じ、前もって祝う行事です。田遊びや庭田植、餅花などがあります。
Q. 予祝の行事は今も見られますか?
A. 東京都板橋区の田遊び(2月)や静岡県焼津市の藤守の田遊び(3月)などが、国の重要無形民俗文化財として続いています。
Q. 叶った場面を思い描くと叶いやすくなりますか?
A. 思い描くと「起こりそうだ」と感じやすくなりますが、実際の確率が上がるわけではありません。思い描くだけでは努力が減るという研究もあります。
Q. 21日続けると習慣になりますか?
A. 21日という数字は1960年の本から広まったもので、習慣になるまでの期間は行動や人によって大きく違います。
Q. 花見は予祝なのですか?
A. 花見はもと農事に結びついた行事だったとする説は辞典にありますが、「豊作を先に祝う予祝」と言い切った項目は見つかりませんでした。



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