願いがもう叶ったかのように、うれしさや安心感を先に味わう。引き寄せの法則の解説では、これを「感情の先取り」と呼び、叶えるための大事な練習として紹介します。
英語圏では、思いを現実にすることを「マニフェステーション(manifestation)」と呼び、同じような考え方が広く紹介されています。日本語では「顕在化」と訳されることもあります。このあと紹介する2023年の研究も、このマニフェステーションを信じる度合いを調べたものです。
叶った姿を思い浮かべると、気分が明るくなるのは確かです。では、その気分は行動を後押しするのでしょうか。ここでは、この問いを実際に調べた研究を見ていきます。結果は、多くの解説が言っていることと、かなり違います。
前向きな空想だけでは、努力が減る

ニューヨーク大学の心理学者ガブリエル・エッティンゲンは、願いが叶った姿を思い描くことの効果を長く調べてきました。2002年の研究では、理想の結果を前向きに空想した人ほど、その後の努力が少なく、成果も低くなっていました。
2011年の研究では、理想の結果を空想すると、体のエネルギーの指標が下がることが示されています。叶った気分を先に味わうと、脳がもう半分叶ったように受け取り、動く力がゆるむと考えられています。
さらに2016年の研究では、前向きな空想が、のちの気分の落ち込みの増加と結びついていました。空想と現実の差が、時間がたつにつれて重くのしかかるためだと考えられています。
成果と結びついていたのは、空想ではなく「成功しそうだ」という見込み(期待)のほうでした。見込みは、これまでの経験や準備にもとづく判断です。叶った気分を味わうことと、うまくいきそうだと判断することは、別のものです。
結果より、過程を思い描く
1999年の研究では、試験を控えた学生を二つに分けました。片方には良い成績を取った場面を思い描いてもらい、もう片方には、勉強している自分の姿を思い描いてもらいました。
勉強量も成績も上がったのは、勉強する過程を思い描いたほうでした。思い描くこと自体に意味がないのではなく、何を思い描くかで結果が変わる、ということです。叶った瞬間より、そこに向かう途中の一日を思い描くほうが、行動につながります。
効果が確かめられている方法
- 願いと障害を並べて考える
エッティンゲンが勧めるのは、叶った姿を思い描いたあとに、それを妨げそうな自分の側の障害をはっきり思い浮かべる方法です(メンタル・コントラスティング)。願い・結果・障害・計画の四つを順に考える形にまとめたものを調べたメタ分析では、21の研究、約1万6千人分で、小さいながら確かな効果が出ています。 - 「もし〜なら、〜する」と決めておく
「仕事から帰ったら、着替える前に10分だけ机に向かう」のように、状況と行動を組にして決めておく方法です(実行意図)。94の検証をまとめた分析で中くらいの効果が報告され、2024年の新しい分析でも、642の検証で効果が確かめられています。
どちらも、叶った気分だけで終わらせず、障害と次の行動まで考えるところが共通しています。気分を明るくするのは入り口として悪くありません。そのあとに「では何が邪魔をしそうか」「そのときどうするか」まで決めるのが、確かめられている形です。
「書くと叶う」について
願いを書き出すと叶う、という説明もよく見かけます。その根拠としてよく引かれる「目標を書いた3%の卒業生が、残り97%より稼いでいた」という大学の研究は、実在しない話です。
一方で、目標を書くことの効果を調べた査読付きの研究はあります。学業に悩む大学生85人を対象にした研究では、目標を具体的に書き出すプログラムを受けた学生の成績が上がっていました。ここでも効いていたのは、何をどうするかまで具体的に書いたことでした。
「21日で習慣になる」は根拠がない
感情の先取りを「21日続けると習慣になる」と紹介する解説があります。習慣になるまでの日数を調べた研究では、人や行動によって18日から254日まで大きくばらつき、真ん中の値は59日から66日ほどでした。
21日で身につかなくても、失敗ではありません。2か月ほどかかるのが普通だと知っておくほうが、続けやすくなります。同じ研究では、一日やり忘れても、習慣になるまでの道のりに大きな差は出なかったとされています。途切れたら、次の日に戻ればよいということです。
引き寄せの法則は、どこから来たか
感情の先取りのもとにある引き寄せの法則は、19世紀のアメリカで生まれた「ニューソート」という思想の流れから出てきた考え方です。1855年の著作にすでにこの言い方が見られ、1906年には、思考が振動として伝わって似たものを引き寄せる、と説く本が出ています。
いまのように広く知られるきっかけになったのは、2006年の映画と本『ザ・シークレット』でした。100年以上前の本の書名に、すでに「振動」という言葉が入っているのは興味深いところです。ただし、この考え方を科学的に確かめた研究は見つかっていません。
気をつけたいこと
「信じていれば叶う」という考え方が強くなりすぎると、お金の判断を誤ることがあります。2023年に1,023人を調べた研究では、思いが現実になると強く信じる人ほど、危険の大きい投資に引かれやすく、破産を経験した人も多くなっていました。
また、「潜在意識は想像と現実を区別できない」という説明もよく出てきますが、脳科学の知見としては言い過ぎです。思い描くことには効き目がありますが、それは行動を変える準備としての効き目です。
感情の先取りを、行動につなげる手順
- 叶った姿を、1分だけ思い描く(気分を明るくする入り口として)
- その願いを妨げそうな、自分の側の障害を一つ思い浮かべる
- 「もし〜なら、〜する」の形で、障害が来たときの行動を一つ決める
- 結果ではなく、そこに向かう途中の一日を思い描く
- 2か月を目安に続け、21日で身につかなくても気にしない
叶った気分を味わうことは、楽しい時間です。それをやめる必要はありません。ただ、その気分だけでは足りず、障害と次の一歩まで考えたときに、はじめて行動が動き出す。研究から言えるのは、そういうことです。
よくある質問
Q. 感情の先取りをすると、願いは叶いやすくなりますか?
A. 前向きな空想だけでは、その後の努力や成果が低くなるという研究があります。成果と結びついていたのは、空想ではなく「成功しそうだ」という見込みでした。
Q. 思い描くこと自体に意味はないのですか?
A. 何を思い描くかで違います。試験前に勉強する過程を思い描いた学生は、良い成績を思い描いた学生より、勉強量も成績も上がっていました。
Q. 効果が確かめられている方法はありますか?
A. 願いと障害を並べて考えるメンタル・コントラスティングと、「もし〜なら、〜する」と決めておく実行意図は、多くの研究をまとめた分析で効果が確かめられています。
Q. 21日続ければ習慣になりますか?
A. 根拠はありません。研究では習慣になるまで18日から254日とばらつき、真ん中の値は59〜66日ほどでした。
Q. 目標を書くと叶うというのは本当ですか?
A. よく引かれる「目標を書いた3%の卒業生」の大学の研究は実在しない話です。一方、目標を具体的に書くプログラムで大学生の成績が上がったという査読付きの研究はあります。
Q. 「感情の先取り」という言葉はどこから来たのですか?
A. 出どころはたどれませんでした。引き寄せの法則の考え方は、19世紀のニューソートの著作から、2006年の映画などを経て広まったものです。
Q. 一日やり忘れたら、やり直しですか?
A. やり直す必要はありません。習慣になるまでを調べた研究では、一度やり忘れても習慣になる過程に大きな影響はなかったとされています。
Q. 潜在意識は、想像と現実を区別できないのですか?
A. 脳科学の知見としては言い過ぎです。思い描くことには効き目がありますが、それは行動を変える準備としての効き目で、想像しただけで現実と同じことが起きるわけではありません。


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